残り10週間。日曜稽古が始まり、蘭を考え直す
今週から日曜稽古がスタート。本番まで残り10週間という事実に震えます。演出家から届いた「自分の役がお客様に愛されるためには」という言葉を受けて、蘭というキャラクターをもう一度違う視点から考え直します。
稽古日誌 #201

今回の稽古日誌は健康オタクな私、鈴木涼太がお届けします。

健康な食事に、運動、そして睡眠。
健康とはなんと素晴らしいのでしょうか。
休みの日だって体調を気にせず過ごせるし、仕事の有休だって、体調不良ではなく「使いたいとき」にとことん使える。
健康でいることは、私にとって幸せなことなのです。
もちろん、本公演だろうが稽古だろうが関係なく元気です。
「休むかも……」なんて心配は、私には不要でしょう。
そんな自己紹介はこれくらいにして。
この話題、話し始めると余裕で○時間は語れますので。


さて、先日の稽古中のことです。
今までにないような、大袈裟でもなんでもなく、とてつもない疲労感というか、
やるせなさというか……本当に「疲れた」と感じる瞬間がありました。
普段あまり抱かない感覚だったので、せっかくの機会として残しておきたいと思います。

今回私が演じるのは、シェアハウスのオーナー・霧島公。
これがまあ、カタブツです。
人に共感しない。感情がない…?
というより、そもそも「共感する」という概念自体がないような人です。
ただ、私自身、公の考え方には共感するところもあります。
人に期待しない。
怒りの感情が湧いたときも、それを手放して、なるべく感情を一定にする。
そういう人との関わり方や考え方には、私も近いものがあります。
前職が、いかんせん感情のコントロールが必須な仕事だったこともあり、なおさらです。
(気になる方は、ぜひInstagramやXに上がっているインタビュー動画をご覧ください)
だからこそ、配役が発表されて台本が手元に届いたときは、
「考え方も似ているし、意外とやりやすい役なんじゃないか」
なんて思っていました。
ですが、実際はまったくの逆でした。
「なんでこんなにやりづらいんだろう?」
そう考えていくうちに、あることに気づきました。


似ているのは、表に出ている部分だけ。
その『根っこ』が、私と公ではまるで違うのです。
私は「人に期待しない」とか「感情的にならない」という関わり方を、ある意味では理屈で選んでいます。
そのほうが自分も楽だし、人との関係も楽になる。
自分なりにポジティブに捉えて、意図してその関わり方を選択しているのです。
でも、公は違う。
公には、そう考えざるを得なくなったバックボーンがあります。
ネタバレにならない範囲で言うならば、公は過去の経験から、
自分の感情を押し殺さなければ生きてこられなかった人です。
自ら選んだわけではない。
生きるために。
壊れないために。
そうせざるを得なかった。
波に飲まれていくように、自分の意思とは関係なく、そういう人との関わり方しかできなくなった。
そういう感情の出し方しかできなくなった。
公にとって、それは「生きる術」なのです。


人間としての根っこからそうなのか。
それとも、自分の意思であえてそうしているのか。
一見似ているようで、まったく違う。
そこに気づいてから、この役の難しさが一気に見えてきました。
そして物語の中で、このシェアハウスに住むことによって、
公の考え方も、これまで自分を守ってきた「生きる術」も、
すべて覆されるような出来事が起こります。
そんな公の大きな変化が現れる曲に、先日の稽古でステージングがつきました。
その稽古をしたあと、とにかく心が重かった。
身体の疲れとは少し違う。
言葉ではうまく表しきれないような、猛烈な心の疲れが残りました。
日常生活にまで引きずるくらいの感覚でした。

なぜそこまで辛かったのか。
たぶん、公の中で何かが孵化するように変化して、世界に光が差し込んでくるからなのだと思います。
光を知るということは、
同時に、自分がこれまでずっと闇の中にいたことを思い知らされることでもある。
それが、辛い。
そんな闇を抱えた公が、いったいどうなっていくのか。
まだまだ足りないことだらけですが、先日の稽古ではほんの一瞬、
「公として生きる」という感覚に出会えた気がします。
あの疲労感も、きっと役を生きたことによるものだったのだと思います。
本番までは、もう3か月を切りました。
公の闇がどうなるのか。
そして、彼がどう変わっていくのか。
ぜひ劇場で、その瞬間を観に来てほしいです!!
鈴木涼太
この時期の公演 第9回「金曜日の食卓」
今週から日曜稽古がスタート。本番まで残り10週間という事実に震えます。演出家から届いた「自分の役がお客様に愛されるためには」という言葉を受けて、蘭というキャラクターをもう一度違う視点から考え直します。
蘭と凪が歌うM17「理想と現実」の振り付けをしました。本音と建前の間で揺れる登場人物たち。演じる春は、嫌われたくない一心で顔色をうかがいながらも、傷つくことを承知で関係に踏み込んでいく女の子です。
「金曜日」と「食卓」から連想したこと。茗荷だけのサラダで思い知った、それぞれに役割があるということ。そして百回の個人稽古よりも、稽古場で皆と合わせる一回に価値があると感じる理由について。